サマータイムに関する声明

平成30年10月1日

サマータイムに関する声明

 

一般社団法人日本天文教育普及研究会

会長  岡村 定矩

 

(要旨)

 

現在サマータイム(夏時間)の導入が検討されています。2020年の東京オリンピックへ向けての早急な導入は見送られる見通しですが、サマータイム導入に関しては、メリットとデメリットの双方を詳細かつ慎重に検討しなければなりません。私どもが関わる天文教育、天文普及の観点からは、サマータイムは以下のデメリットを有しています。

 

1 天文教育の観点からのデメリット

1.1 学習指導要領との不整合

小中学校で学習指導要領に示されている観察学習の実施が困難になります。

1.2 入試など教育における混乱

教科書の記述や入試問題などをサマータイム期間とそれ以外の期間にともに整合させなければならないため、混乱や間違いが起きる可能性があります。

1.3 時刻の根拠の説明

学校教育の現場で太陽の位置が日常使う時刻の基礎であることの説明が困難になります。

 

2 天文普及の観点からのデメリット

夏に星や夜空の観察を行える時間が短くなり、特に児童・生徒など低年齢層及びその家族が、夏の期間に、各種施設やイベントなどで天体観望を楽しむことが困難になります。

 

3 日本国土の形による地域不均衡の発生

サマータイム制度は、「夏は朝が早く、昼が長い」ということを前提としています。日本国土の形から、この前提は日本全国で同じように成り立つわけではなく、導入すれば地域による不均衡が生じます。

 

今回のサマータイム導入の議論は2020年の東京オリンピックにおける暑さ対策が基になっており、当初計画では2年間という時限が想定されているのもこの観点からでした。オリンピックの競技の開始時刻を変えることと、標準時を一時的にシフトするサマータイムを導入することのメリット・デメリットは大きく異なります。今後は「低炭素社会を作るための一つのきっかけ」としての検討がなされると言われています。サマータイムに関しては健康に関する影響などもあり、近年に廃止した国や見直しを検討している国もあります。我が国でサマータイムを導入することは、天文教育、天文普及に大きなデメリットを生じ、地域不均衡を生み出すことにもつながり、望ましいことではありません。

 

サマータイムに関する声明

(本文)

 

現在サマータイム(夏時間)の導入が検討されています。2020年の東京オリンピックへ向けての早急な導入は見送られる見通しですが、サマータイム導入に関しては、メリットとデメリットの双方を詳細かつ慎重に検討しなければなりません。

 

私ども日本天文教育普及研究会は、日本学術会議協力学術研究団体の一つで、天文分野を中心に広く自然科学の教育・普及を目的とした全国組織(会員およそ670 名)です。所属する会員の多くは小中高の学校、大学、天文台、研究機関、科学館、プラネタリウム施設等で働く者です。天文教育、天文普及の観点からは、サマータイムは以下のデメリットを有しています。

 

1 天文教育の観点からのデメリット

1.1 学習指導要領との不整合

学習指導要領小学校理科においては、小学4年の単元「B 生命・地球 (5) 月と星」において、「月や星の特徴について、位置の変化や時刻の経過に着目して、それらを関係付けて調べる活動を行うこと」と明記されております。このため、各教科書においては、織姫星や彦星など夏の星の観察を夜間に実施することが記述されています(参照:小学校学習指導要領解説 理科編 – 文部科学省)。また、中学校理科でも, 天体の日周運動、星座の年周運動の観察をすることになっています(参照:中学校学習指導要領 理科 – 文部科学省)。

仮に夏期に標準時を2時間進めるサマータイムが導入されますと、天体が観察可能な時刻が21時以降となり(別紙参考資料1)、児童・生徒の生活や健康面を考慮すると観察はきわめて困難となり、天文教育推進の上で不都合を生じます。

学校によっては、小学6年や中学3年の天文学習において、夏休み期間に月や星の観察を行っているケースや、小・中・高等学校の理科の自由研究等で天体観察を行うケースもありますが、サマータイム導入はこのような天文学習を困難にします。

 

1.2 入試など教育における混乱

現在の教科書や入試問題は、年間を通して同じ時間が使われることを前提としています。サマータイムが導入されれば、その期間だけ例えば「20時の空の様子」との記述があれば「サマータイムの期間は22時の空の様子」と読み替える必要があります。このような読み替え等の対応は、教育現場に混乱を招き、入試問題の作成や解答においてもミスにつながる可能性があります。

 

1.3 時刻の根拠の説明

学校教育の現場では「各地点の正午は太陽がその地点の子午線を通過する時刻である。場所毎に変わるが、日本では国土の東西の広がりのほぼ中心にある明石市を通る東経135度における子午線を基準にして時刻(標準時)を決めている」と教えています。2時間ずれた夏時間はカムチャッカ半島西岸近くの洋上を通る子午線を基準にすることに相当し、その合理的理由の説得が困難です。そればかりか、日本の西端地域に住む人にとっては太陽の位置と時刻の同期性を感覚的に感じにくい事態となります。

 

2 天文普及の観点からのデメリット

日本国内には、数百の天体観望施設が存在しております。また、夏休み期間は地域の天文同好会による天体観望会や星祭りも各地で行われています。サマータイムの導入は時刻の観点からは夜(星や夜空の観察可能な時間)を短くすることに相当しますので、特に児童・生徒など低年齢層及びその家族が、このような施設やイベントで天体観望を楽しむことが難しくなります。サマータイムのメリットである余暇(夕方の明るい時間帯)の有効利用が天体観測施設や天文イベントでは成り立ちません。

 

3 日本国土の形による地域不均衡の発生

サマータイム制度は、「夏は朝が早く、昼が長い」ということを前提としていますが、このことは日本全国で同じように成り立つわけではありません。日本列島が北東から南西へとのびる細長い形をしているからです。

夏の太陽は北東側から昇ってきますので、日の出は日本列島を縦断するように、時間をかけて西日本へと進んできます。夏至の日の北海道の日の出は午前3時台ですが、沖縄では5時30分台となり2時間もの差があります。一方、夏の太陽は日の入り時には北西方向に沈みますので、日の入り時刻は日本全土でほぼ同時です。西に行けば行くほど、夏は朝が早く、昼が長い」という前提が成り立たないのです。昼が最も長い夏至と、昼が最も短い冬至とで昼の時間を比べた場合でさえ、沖縄では3時間の差しかありません(別紙参考資料2)。

夏期に2時間もの時間を進めるサマータイムを導入して仮に東日本で7月から8月に昼光利用のメリットがあったとしても、西日本では、そのメリットを享受することができず、デメリットの方が大きくなります。日本列島の形を考慮すれば、サマータイムの導入は地域の不均衡を増すことになります。

 

以上、私たちに深く関わる分野におけるデメリットを整理しました。今回のサマータイム導入の議論は2020年の東京オリンピックにおける暑さ対策が基になっており、当初計画では2年間という時限が想定されているのもこの観点からでした。オリンピックの競技の開始時刻を変えることのメリット・デメリットと、標準時を一時的にシフトするサマータイムを導入することのメリット・デメリットは大きく異なります。しかもサマータイム制度がもし2年間のみなら、準備や実施に必要となる膨大な作業を2年後に再び繰り返す必要があります。仮にそれが一時的な経済効果を生むとしても、それは国の将来につながるものとは思われません。

今後は「低炭素社会を作るための一つのきっかけ」としての検討がなされると言われています。サマータイムに関しては健康に関する影響などもあり、近年に廃止した国や見直しを検討している国もあります(別紙参考資料3)。我が国でサマータイムを導入することは、天文教育、天文普及に大きなデメリットを生じ、地域不均衡を生み出すことにもつながり、望ましいことではありません。

 

参考資料1 2020年8月1日の日の出、日の入、日暮(天体観察が可能になる時)の時刻

現行の時刻系 2時間のサマータイムを導入した場合
都 市 日の出 日の入 日 暮 日の出 日の入 日 暮
札 幌 4:24 18:57 19:37 6:24 20:57 21:37
東 京 4:48 18:46 19:21 6:49* 20:46 21:21
大 阪 5:08 19:01 19:35 7:08* 21:01 21:35
福 岡 5:30 19:19 19:52 7:30* 21:19 21:52
那 覇 5:54 19:17 19:47 7:54* 21:17 21:47

*冬至の頃の日の出時刻(札幌7:03、東京6:46、大阪7:01、福岡7:18、那覇7:13)より遅い。

 

参考資料2

当時と夏至での昼の速さの差

参考資料3 サマータイムの実施国(ウィキペディアより)

サマータイムの実施国

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