新学習指導要領高等学校理科「地学基礎」における天文分野の内容再編・縮小に関する声明
2020年6月1日
一般社団法人 日本天文教育普及研究会
会長 岡村定矩
(要旨)
今回、高等学校理科地学基礎においてなされた天文分野の大幅な内容再編・縮小は、「学習内容の削減は行わない」(学習指導要領改訂の考え方)との基本方針に反しており、不適当なものであったと私たちは考えています。
私たちが考える最も大きな問題は、指導要領の七つの大・中項目に「宇宙」という文字がないことに象徴されています。「宇宙」は、大項目「(2)変動する地球」の中の中項目「(ア)地球の変遷」にある四つの小項目の中で、「㋐宇宙、太陽系と地球の誕生」だけに登場します。すなわち全体として、宇宙を地球からの目線でとらえる形になっています。これでは地球の誕生を、科学的な視点から考察するのではなく一つの出来事として覚える事になりかねません。
天文分野は一般に、探究的手法はとりにくいと考えられています。しかしながら、太陽表面の観察やスペクトルの観察など、比較的容易に実験や観察をしやすい探究活動や、実験や観察は難しくとも資料にもとづいて傾向を見出したり、課題化したりできそうな単元も削減されています。
今回の改訂は、いろいろな学習内容と連携させながら自分たちのまわりの世界に関する概念形成を、自然、地球、宇宙と次第に広範な対象へと発展させ大人へと成長してゆく時期にある高校生に、科学的な考え方に基づいて宇宙の概念を適切に伝えることを難しくしています。また、キャリア教育的な視点からも、将来、天文学の研究や宇宙関連の産業界へ進もうとする生徒たちにとって、必要な情報や意識を縮小することにもつながるのではないかと危惧しています。
(本文)
2022 年度から高等学校で施行される新学習指導要領理科地学基礎において、天文分野の大幅な内容再編・縮小がなされました。本会はこのことを大変憂慮しております。多くの方々にその理由をご理解頂きたいと考え、ここに「声明」としてまとめました。
1.天文分野の再編・縮小は望ましくありません
この度、理科の基礎科目である地学基礎において、天文分野は大がかりな内容の再編と縮小がされました(文末資料参照)。特に「宇宙」の文字が七つの大・中項目から完全に抜け落ちてしまっていることは、重大な変更といえます。「宇宙」は、大項目「(2)変動する地球」の中の中項目「(ア)地球の変遷」にある四つの小項目の中で、「㋐宇宙、太陽系と地球の誕生」だけに登場します。すなわち全体として、宇宙を地球からの目線でとらえる形になっています。
今回の学習指導要領改訂においては、主体的・対話的で深い学びに焦点が当てられています。そのため、探究的な学習の手法を取り入れやすいかどうかという観点、日常生活や社会との関連を重視するという観点で、内容の見直し・削減が進められたと感じられます。たしかに天文分野は、観察対象が日中の授業時間内には見られなかったり、天気に左右されたり、また観測機器が学校にないなどという点では、必ずしも探究的な学習の手法を取り入れやすい分野であるとは言えないかもしれません。
しかし、私たちは次のような理由から、天文や宇宙についての学習は、高校生にとって必要不可欠なものであると考えています。言うまでもなく天文学は人類にとって最も古い学問領域の一つであり、間違いなく今も科学技術の進歩と共に発展し続けている学問です。長い歴史や技術の蓄積を背景に、科学的な手法を用いて謎を解明していくことの学習を通して、子どもたちは科学的なものの見方・考え方を養います。高校生という時期は、生徒達がいろいろな学習内容と連携させながら、自分たちのまわりの世界に関する概念形成を、自然、地球、宇宙と次第に広範な対象へと発展させ大人へと成長してゆく重要な時期と考えられるからです。
今改訂における内容の再編においては、天文・宇宙を学ぶことについての位置づけが変わったと言えます。実験や観察をもとに課題化したり考察したりする、いわゆる科学的探究の視点ではなく、地球のすがたとその変動の流れのなかに宇宙の中での地球の誕生を出来事として押し込んだようなかたちになっています。これではともすると、イベントの羅列を覚えることを学習の目的にして、科学的探究の姿勢に逆行することにもなりかねません。
内容の縮小について具体的に書きますと、現行指導要領解説にある太陽表面の観察やスペクトルの観察など、比較的容易に実験や観察をしやすい探究活動や、実験や観察は難しくとも資料にもとづいて傾向を見出したり、課題化したりできそうな単元も削減されています。また、キャリア教育的な視点からも、将来、天文学の研究や宇宙関連の産業界へ進もうとする生徒たちにとって、必要な情報や意識を縮小することにもつながるのではないかと危惧しています。
これらは、天文教育に携わる私たちとしては、非常に残念でなりません。高校生が天文・宇宙分野を学ぶことのできる数少ない機会である地学基礎において、高校生が習得できる天文や宇宙の内容が極めて削減され、それらがどのような方法で人類に知られるようになったのかという視点がすっぽりと抜け落ちてしまったからです。「宇宙」という文字が大・中項目からなくなったことがこれを象徴しています。
以上のような点から、この度の学習指導要領改訂における高等学校理科地学基礎の天文分野の内容再編と縮小については、「学習内容の削減は行わない」(学習指導要領改訂の考え方)との基本方針に反して、許容できる範囲を超えて不適当な再編・縮小であったと私たちは考えています。
2.次期学習指導要領改訂に向けて研究・情報発信をしていきます
本研究会は、次の改訂においては今回のような事態を繰り返してはならないと考え、必要な活動を始めています。すでに本研究会には天文教育のあり方についての研究・活動実績があります。会員のネットワークを駆使して、地学教育・理科教育の観点でも情報収集や研究を進めています。特に、学習指導要領に関しては、今後ワーキンググループを立ち上げて、識者の協力も得ながら専門的に研究を進めていく所存です。適切な時期に本研究会としての提言をまとめ、次期学習指導要領改訂が子どもたちにとってよりよいものとなるよう、会員一同尽力してまいります。
天文教育全体としては、小学校から高等学校までの学校教育の場での全体像を見据えながら研究に取り組んでいくことはもちろん、学校以外での体験や教育の広がりもあわせて考えていくことが必要です。会員のみならず、教育に携わる多くの人々の参加を期待しつつ、研究会の活動に関しても今後さらなる情報発信を進めてまいります。
<資料>
「地学基礎」学習指導要領内容比較(青字が大きな変更点)
新 | 旧 |
(1)地球のすがた (ア)惑星としての地球 ㋐地球の形と大きさ ㋑地球内部の層構造 (イ)活動する地球 ㋐プレートの運動 ㋑火山活動と地震 (ウ)大気と海洋 ㋐地球の熱収支 ㋑大気と海水の運動 (2)変動する地球 (ア)地球の変遷 ㋐宇宙、太陽系と地球の誕生 ㋑古生物の変遷と地球環境 (イ)地球の環境 ㋐地球環境の科学 ㋑日本の自然環境 |
(1)宇宙における地球 ア 宇宙の構成 (ア)宇宙のすがた (イ)太陽と恒星 イ 惑星としての地球 (ア)太陽系の中の地球 (イ)地球の形と大きさ (ウ)地球内部の層構造 (2)変動する地球 ア 活動する地球 (ア)プレートの運動 (イ)火山活動と地震 イ 移り変わる地球 (ア)地層の形成と地質構造 (イ)古生物の変遷と地球環境 ウ 大気と海洋 (ア)地球の熱収支 (イ)大気と海水の運動 エ 地球の環境 (ア)地球環境の科学 (イ)日本の自然環境 |
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